損害賠償条項における「損害」の概念

契約書には、通常、契約違反が起きた場合の損害賠償の条項が置かれています。契約不履行に対する最も一般的な制裁手段といえます。そうした損害賠償条項には様々な「損害」が規定されることがあり、どう理解したらよいのかと悩まれる方も多いのではないかと思います。今回は日本法の下での契約における「損害」の概念について考えてみたいと思います。

通常損害、特別損害

損害賠償の範囲について、現行民法416条は次のように規定しています(この条文は今回の民法改正で改正されましたが、改正部分は今回のテーマと直接関係ないので省きます)。

民法第416条(損害賠償の範囲)
1. 債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
2. 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見し、又は予見することができたときは、債権者は、その賠償を請求することができる。

つまり、「通常損害」は債務不履行と因果関係がある限り当然に賠償の対象となり、「特別損害」はその原因である特別事情を当事者が(債務不履行時に)予見できたときは賠償の対象となる、これがわが国における損害賠償の範囲の基本原則、デフォルト・ルールです。

民法416条は民法の中では数少ないイギリス法を起源とする条項です。1854年に出されたハドリー対バクセンデール事件判決が示した準則です。この判例は、160年以上を経た現在のイギリス、アメリカを含むその他の英米法系諸国で立派に生きており(⇒Wikipediaの解説)、1870年代に留学したわが国民法起草者がこの準則を持ち帰って条文化した先見性には驚きます。

わが国民法に関しては、その後ドイツ的解釈やフランス的解釈が入り込み、議論が錯綜してしまったところもあります。この影響もあり、現在でも裁判例などが損害賠償の範囲を論じる際に「相当因果関係」という概念を用いることも多いですが、この概念は多分に修辞的・枕詞的に使われている場合も少なくありません。損害賠償の範囲に関する民法416条の基本枠組みやそれが英米法系と共通であることを理解しておくのは重要と思います。

「通常損害」の例としては、動産の売買契約における転売利益の喪失、買主が第三者に対して支払った損害賠償金、買主が目的物を使用して得られたはずの営業利益の喪失などが裁判例上認められています。

「特別損害」の例としては、履行不能後の目的物価格の増加分、著しく高額な転売利益(購入価格の3倍以上の価格で買主が転売する予定であった事案)の喪失などが裁判例に見られます。

上で述べたとおり、通常損害と特別損害が民法における損害分類の基本的な枠組みであり、通常損害は当然に賠償対象となり、特別損害はその原因である特別事情を当事者が予見可能であった場合に賠償対象となるというのが民法416条の規律です。結局、当事者の予見可能性が賠償の最大範囲を画することになります。

他方、現実には「通常損害」「特別損害」以外にも以下に挙げるような様々な損害概念があるため、契約条項をめぐっても議論が錯綜しがちです。

財産的損害、精神的損害

財産に関して生じた損害(財産的損害)のほかに、精神的損害が発生する場合があり、これについては慰謝料の賠償が認められます。企業間契約の債務不履行に関して慰謝料の賠償が問題となることは通常ないものの、企業の名誉や評判(レピュテーション)の毀損について損害賠償請求が認められる余地はあります。

直接損害、間接損害

契約実務でよく議論を招く損害概念は、直接損害と間接損害です。法令や法学上明確な定義がないため、様々な理解がされがちです。例えば、契約当事者自身に生じた損害が直接損害、それ以外の者に生じた損害が間接損害と主張されたり、直接的な因果関係の損害(例えば、納入された不良品の代替品を他から調達する費用、購入した装置の不具合を補修する費用など)が直接損害であり、間接的・派生的な因果関係の損害(例えば、代替品を使わざるを得なくなったことによる信用毀損による損害、購入した装置の不具合のため出火し強風で延焼した場合の損害など)が間接損害と主張されたりします。

このように、「直接損害」「間接損害」の概念は確立したものがないため議論となりやすいですが、民法416条の沿革(つまり、ハドリー対バクセンデール事件判決)や語源的理解(間接損害が”consequential damages”を指しているという理解)を踏まえる限り、基本的には、「直接損害」は民法416条1項の通常損害に、「間接損害」は同条2項の特別損害にそれぞれ該当すると解釈される可能性が高いと思われます。ただ、(あまり見たことはありませんが)契約書で「直接損害」「間接損害」を特別に定義している場合は当該定義に従って解釈されることになります。

仮に間接損害は特別損害であるとすると、因果関係さえあれば間接損害を賠償しなければならないという契約条項は、特別事情についての予見を問題としない点で民法416条のデフォルトルールよりも責任が重いということになります。民法416条の予見可能性の基準を契約条項化するのも一つの解決です。

積極損害(実損)、消極損害(逸失利益の損害)

「積極損害」とは、既存財産の減少による損害であり、債務不履行によって債権者が具体的な損失や負担を強いられたことによる損害です。例えば、売買の対象物と同等の物を市場から調達してくる費用、転売契約の相手方に支払った違約金などがこれに当たり、いわゆる実損害(実損)として捉えられる損害です。実損は基本的に債務不履行と因果関係のある通常損害といえ、その賠償についてはそれほど議論になりません。

「消極損害」とは、債権者が具体的な損失や負担を強いられたわけではなく、既存財産の減少はないが、本来得られたはずの財産が債務不履行によって得られなくなったことによる損害を指します。逸失利益の損害や得べかりし利益の損害ともいわれます。実損と違って、仮定的な判断が必要となるため議論となりやすいところで、実際多くの裁判例があります。

物の売買における転売利益の喪失は逸失利益の損害の一種です。裁判例上、転売利益の喪失は「通常損害」とされる場合もあれば、「特別損害」とされる場合もあります。物が転売が予定された動産や販売用不動産かそうでないか、買主が他者に転売をする商人かそうでないかといった要素によって判断されます。

逸失利益の損害のポイントは、損害自体の議論よりも、「本来得られたはず」という仮定的な因果関係がどこまで認められるかにあります。仮定的な議論であるため当然ですが、因果関係がある・ないという水掛け論的な状況に陥りやすいです。このような水掛け論は出口を見つけだしにくいため、例えば、契約条項において逸失利益の損害を特別損害の一つと明文で位置づけ、しかも、民法416条2項の考えに従って特別損害は当事者が予見可能であった場合に賠償対象になるとするのも一案です。予見可能性の基準を導入しておけば、仮に因果関係について水掛け論に陥った場合に、予見可能性の議論によって出口を見つけることができる可能性があります。そちらも水掛け論になってしまう可能性ももちろんありますが、特別事情やその予見可能性の方が解決の糸口になりやすいと経験的に感じます。

ユニドロワ国際商事契約原則

最後に、法的拘束力があるものではありませんが、国際的に通用する「契約法の一般原則」を条文化したユニドロワ国際商事契約原則(ユニドロワについては別の記事(⇒リンク)をご覧ください。)について触れておきます。

ユニドロワ国際商事契約原則は、その7.4.1条から7.4.13条で損害賠償に関する準則を示しています。このユニドロワ原則の内容は、契約条項の作成においても参考になるものであり、内田貴先生のチームが作成した日本語訳(⇒ダウンロード)も、そうした目的で活用できるものとして作られていると思われます。

間接損害や逸失利益の損害に関する上記の説明では、結局、わが国におけるデフォルト・ルールであり、英米法での基本原則でもある民法416条(ハドリー対バクセンデール準則)をベースにした損害賠償条項が穏当ではないかという視点でコメントしていますが、より自由で普遍的な考え方として、ユニドロワ原則7.4.1条以下はとても参考になります。損害賠償条項に悩んでいる方は、一度ユニドロワ原則の該当箇所を読まれるとよいと思います(その他の内容についても示唆やヒントに富んでいます)。

なお、ユニドロワ原則は条項(Article)と注釈(Comment)から成っていますが、上記の日本語訳は条項のみの翻訳です。英文ですが原文全文(⇒リンク)、あるいは、内田先生のチームが出版された全文の翻訳(⇒リンク)をご覧になることをお勧めします。契約書のドキュメンテーションに深みと広がりを持てると思います。

弁護士 林 康司