損害賠償条項における「損害」の概念

積極損害(実損)、消極損害(逸失利益)

「積極損害」とは、既存財産の減少による損害であり、債務不履行によって債権者が具体的な損失や負担を強いられたことによる損害です。例えば、売買の対象物と同等の物を市場から調達してくる費用、転売契約の相手方に支払った違約金などがこれに当たり、いわゆる実損害(実損)として捉えられる損害です。実損は基本的に債務不履行と因果関係のある通常損害といえ、その賠償についてはそれほど議論になりません。

「消極損害」とは、債権者が具体的な損失や負担を強いられたわけではなく、既存財産の減少はないが、本来得られたはずの財産が債務不履行によって得られなくなったことによる損害を指します。逸失利益や得べかりし利益の損害ともいわれます。実損と違って、仮定的な判断が必要となるため議論となりやすいところで、実際多くの裁判例があります。

物の売買における転売利益の喪失は逸失利益の損害の一種です。裁判例上、転売利益の喪失は通常損害とされる場合もあれば、特別損害とされる場合もあります。物が転売が予定された動産や販売用不動産かそうでないか、買主が他者に転売をする商人かそうでないかといった要素によって判断されます。

逸失利益のポイントは、損害自体の議論よりも、「本来得られたはず」という仮定的な因果関係がどこまで認められるかにあります。仮定的な議論であるため当然ですが、因果関係がある・ないという水掛け論的な状況に陥りやすいです。このような水掛け論は出口を見つけだしにくいため、例えば、契約条項において逸失利益を特別損害の一つと明文で位置づけ、しかも、民法416条2項の考えに従って特別損害は当事者が予見可能であった場合に賠償対象になるとするのも一案です。予見可能性の基準を導入しておけば、仮に因果関係について水掛け論に陥った場合に、予見可能性の議論によって出口を見つけることができる可能性があります。そちらも水掛け論になってしまう可能性ももちろんありますが、特別事情やその予見可能性の方が解決の糸口になりやすいと経験的に感じます。

履行利益、信頼利益

「履行利益」とは、契約の履行によって債権者が得ることができたはずの利益であり、「信頼利益」とは、契約が不存在または無効である場合に契約が有効であると信じたことによって被った損害です。ただ、履行利益・信頼利益は、ドイツ民法上の概念で、日本法上明確な定義がある訳ではありません。ドイツ民法は損害賠償を原状回復的に考え、あるべき「原状」と実際の「現状」との差を損害と捉える法制度です。この考えを「差額説」と呼びます。つまり、「損害=原状-現状」という考えです。この差額説では何をもって「原状」と捉えるかが重要で、履行利益は「有効に成立した契約が履行された状態」を原状と見ることを、信頼利益は「契約がそもそも不存在・無効であったこと」を原状と見ることを意味します。

通常、損害賠償の議論は契約が有効に成立していることが前提になっていますので、信頼利益という概念の必要はありません。ただ、契約が成立していない場合や無効な場合にも、信義則(民法1条2項)に基づいて損害賠償が認められることがあります(契約締結上の過失として論じられます)。この場合に差額説を前提として、原状(契約が不存在・無効であること)と現実との間の「差」を観念するため、信頼利益の概念が持ち出されます(不存在・無効である以上、契約が履行されないこと自体には「差」を観念できません)。信頼利益の額は履行利益の額を超えられないとされるなど、限定的に考えられており、その典型例は、契約締結のための費用です。考え方によっては信頼利益は逸失利益等を含み得るはずで、限定的に捉えるべき理論的根拠は不明ですが、契約が有効に成立している場合との公平性でしょうか。

いずれにしても、契約書は、当然、契約が有効であることを前提にしますので、契約書で信頼利益という概念を用いる意味はありませんし、「損害」と記載すれば履行利益の喪失を指すことは明らかです。

裁判実務における「差額説」について

かつて支配的であったドイツ法的な解釈論の影響で、日本の裁判所は損害論一般において差額説に厳密に従おうとする傾向が強くあり、具体的には、個別損害項目ごとに差額を積算する思考として現れます。米国などでの懲罰的損害賠償を命じる判決(の差額説の範囲を超える部分)を日本の裁判所が頑なに承認しない背景にはこの差額説通念があります。

損害賠償の範囲に関する民法416条の枠組みは英米法系と共通ですが、「損害=原状-現状」という差額説にコンセプト的な魅力を本家のドイツを超える程感じてしまうのはドイツ流の論理的思考が好きな日本らしさだと思います(我妻栄博士も天から笑って見ていると思います)。今日の民法学ではドイツ法的な解釈はもはや主流ではありませんが、現在でも裁判になった場合は差額説的な観点を意識することは重要です。

ユニドロワ国際商事契約原則

最後に、法的拘束力があるものではありませんが、国際的に通用する「契約法の一般原則」を条文化したユニドロワ国際商事契約原則(ユニドロワについては別の記事(⇒リンク)をご覧ください。)について触れておきます。

ユニドロワ国際商事契約原則は、その7.4.1条から7.4.13条で損害賠償に関する準則を示しています。このユニドロワ原則の内容は、契約条項の作成においても参考になるものであり、内田貴先生のチームが作成した日本語訳(⇒ダウンロード)も、そうした目的で活用できるものとして作られていると思われます。

間接損害や逸失利益の損害に関する上記の説明では、結局、わが国におけるデフォルト・ルールであり、英米法での基本原則でもある民法416条(ハドリー対バクセンデール準則)をベースにした損害賠償条項が穏当ではないかという視点でコメントしていますが、より自由で普遍的な考え方として、ユニドロワ原則7.4.1条以下はとても参考になります。損害賠償条項に悩んでいる方は、一度ユニドロワ原則の該当箇所を読まれるとよいと思います(その他の内容についても示唆やヒントに富んでいます)。

なお、ユニドロワ原則は条項(Article)と注釈(Comment)から成っていますが、上記の日本語訳は条項のみの翻訳です。英文ですが原文全文(⇒リンク)、あるいは、内田先生のチームが出版された全文の翻訳(⇒リンク)をご覧になることをお勧めします。契約書のドキュメンテーションに深みと広がりを持てると思います。

ユニドロワ原則における損害賠償に関する条項については、別の記事(⇒リンク)で少し説明しましたので、よろしければご覧ください。

弁護士 林 康司