契約書の日付 -「バックデイト」について

「契約書の日付を過去の日付にしてよいですか。バックデイトしてよいですか。」は、弁護士であれば一度はクライアントに尋ねられたことのある質問だと思います。今回はこの「バックデイト」について少し考えてみます。

日本法での契約書の位置づけ

改正民法の522条2項は「契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。」と規定しています。

この条項は今回の改正で新設されたものですが、古くからの原則を確認しただけです。契約の成立に書面などの決まった方式が必要であることを「要式性」といいますが、日本法では契約について要式性は求められないのが原則です。つまり、当事者が契約内容を合意すれば、契約書がなくとも契約は有効に成立します。

この場合の契約書は、契約の成立や内容を証明するための資料、証拠という位置づけになります。つまり、契約書で合意が成立したのではなく、契約書は合意が成立したことや合意の内容を証明するための証拠として作成されたものということになります。

実質的に合意ができた日にバックデイトすること

契約書は合意の証拠という観点からすれば、例えば、当事者間の協議によって合意が2月1日に成立したならば、たとえ契約書の作成がその後の2月8日になっても、2月1日に契約が成立したことを確認するため、契約書を2月1日付けで作成することはそれほどおかしなことではありません。

このように、当事者間で合意が実質的にできた日を契約書の日付とするという意味でのバックデイトは理論的にも根拠があるといえます。ですので、考えているバックデイトがこのように説明できるものかどうかをまずは検討すべきです。なお、この場合も、次の項で述べる、契約日付と別に契約の有効期間を定める対処法の方が明確ではあります。

任意の日にバックデイトすること

当事者間で合意ができた日と関係なく契約書の日付をバックデイトさせたいという要望も時としてあります。例えば、合意ができたのは2月8日だが、契約の効力は1月1日から生じさせたいといった場合です。

契約自由の原則から、このような任意のバックデイトも問題ないという考えもあるかもしれません。しかし、真の合意日でない日を契約書の日付とすることは一種の虚偽表示です。つまり、任意のバックデイトは本当の合意日でない日を合意日であるかのように仮装する行為であり、これは民法上虚偽表示に当たる可能性があります。民法94条1項は「相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。」としています。したがって、任意のバックデイトは虚偽表示として(少なくとも日付の合意の部分が)無効とされる可能性があります。

ただ、民法94条2項は「前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。」としているので、契約書の日付を合意日と信じた善意の第三者の信頼は保護されます。したがって、後になって当事者が「本当は違う日が契約日だった」と主張して第三者の利益を害することはできません。

このように善意の第三者の保護が図られているものの、任意のバックデイトが虚偽表示であることには変わりがありません。虚偽表示がコンプライアンス的に望ましいものでないことは明らかであり、また、第三者に自らが善意であることを立証すべき負担を負わせることも正当とは言えません。したがって、任意のバックデイトは回避すべきというのが結論です。

冒頭に挙げた、合意ができたのは2月8日だが、契約の効力は1月1日から生じさせたいという場合には、契約日をバックデイトしなくとも別の方法で対処できます。つまり、実態に即して契約日は2月8日とした上で、契約の有効期間の条項を「本契約の有効期間は、契約締結日にかかわらず、○年1月1日から○年○月○日までとする。」といった形で規定して、契約の効力を遡らせればよいのです。契約自由の原則からこのような遡及適用も基本的に有効と考えられており、こうすれば虚偽表示に当たるような契約日付のバックデイトは回避できます。

要式性が求められる分野でのリスク

以上述べてきたのは、要式性が求められない場合、つまり、当事者が契約内容を合意すれば、契約書がなくとも契約が有効に成立する場合についてです。しかし、日本法上、要式性が求められている場合も少なからずあります。例えば民法446条2項は、保証人の慎重・明確な判断を求めるという観点から、「保証契約は、書面でしなければ、その効力を生じない。」としています。

今日、消費者保護、労働者保護、賃借人保護、投資家保護、税務会計、その他の様々な公益的・社会的な政策目的に基づいて、契約書などの書面の作成や交付が必要とされている場合が少なくありません。要式性が求められる事項の一つ一つをここで解説することはできませんが、これらの場合において契約書などの書面の日付をバックデイトすることは、深刻な法律問題を生じる可能性があります。

こうしたことも考えると、安易にバックデイトを行うのではなく、むしろ相応の警戒心をもって考えるようにすべきです。

弁護士 林 康司