電子契約、電子署名の効力・証明力、法的論点、導入方法 – 「押印」の法的意味(2020/7/21・9/10追記)

電子署名法、クラウド型電子契約サービス

2000年に電子署名法という法律(正式名は「電子署名及び認証業務に関する法律」)が成立しました。この法律により、電磁的記録(電子文書等)に本人による所定の電子署名が行われていれば、その電磁的記録は真正に成立したものと推定されることになりました。簡単に言えば、「二段の推定 プラス 印鑑登録制度」を電子文書、電子署名に導入したものです。しかし、ユーザーの使い勝手や法的効果の確実性についての問題などから、施行から20年近くが経った今日でも電子署名法に基づく電子契約や電子署名が普及しているとはいえません。

電子署名法に基づく電子契約や電子署名が広がらない中で、民間企業が「クラウド型電子契約サービス」というサービスを提供するようになっています。ドキュサイン社の「DocuSign」、弁護士ドットコム社の「クラウドサイン」、アドビ社の「Adobe Sign」、SMBCグループの「SMBCクラウドサイン」、GMOクラウド社の「Agree」など、多くのサービスがあります。

電子署名法に基づく電子契約は、当事者双方が認証機関でそれぞれの電子署名について電子認証(印鑑登録の電子署名版)を受けることが前提になっており、「当事者型電子契約」と呼ばれます。これに対してクラウド型電子契約サービスでの電子契約は、サービス提供会社が両当事者間での契約締結に立ち会うような形で電子契約の成立を確認するものであり、「立会人型電子契約」と呼ばれます。

立会人型電子契約に電子署名法3条の推定効が認められるかについては、これまでは否定的な解釈がなされていましたが、最近になって法務省は解釈変更を明らかにしました(本記事末尾の追記をご覧ください)。

電子契約に必要な機能:改変防止と本人確認、本人確認に関する「無権代理リスク」

当事者型、立会人型を問わず、紙を使わない契約書が証拠として認められるためには、電磁的記録(電子文書等)の内容がその後に改変されないようにすること(改変防止)と、作成名義人が署名をしたと特定できること(本人確認)という2つの機能が必須です。

電子文書の保存やアクセスなど注意すべき点は諸々ありますが、改変防止については、技術的な方法が確立していることや認証機関・サービス提供会社の信用を基礎に、その機能が確保されているといってよいと思います。仮に改変リスクが顕在化した場合には、そのようなサービスは直ちに淘汰されるべきです。

問題は本人確認です。当事者型では、当事者双方が認証機関でそれぞれの電子署名について電子認証を受ける必要があるため、少なくとも印鑑登録と同等程度の本人確認を実現することが可能です。しかし、この方法は利便性という点で難があります。他方、立会人型のクラウド型電子契約サービスは、簡便ではありますが、サービス提供会社に登録された各当事者の電子メールもしくはID・パスワードを利用する方式であるため、本人確認が十分でないとされてしまうリスク(無権代理リスク)が生じる可能性があります。

この無権代理リスクは、クラウド型電子契約サービスによる電子文書一般に真正性の推定効が認められるとしても問題になるものです。紙の契約書についての二段の推定において必要な「作成名義人の印章による印影であること」の立証と同様のレベルの議論です。社員が行った電子メール等による確認でどこまで会社の本人確認があるといえるかという論点です。

私が実際に相談を受けた中にも、担当者が、取引の相手方から求められるまま相手方が使用しているクラウド型電子契約サービスに自分の電子メールアドレスを登録してしまい、社内的な承認手続を経ずに電子契約を成立させてしまったというケースがあり、会社は無権代理を相手方に主張したいという相談でした。今後こういう事案が増える可能性もあります。

現時点での現実的な導入検討

クラウド型電子契約サービスの導入に関して現時点でまず検討すべきは、上記の無権代理リスクです。無権代理リスクを低減するため、電子メールアドレスやID・パスワードのクラウド型電子契約サービスへの登録やその管理などについて社内ルール(現にある契約事務規程や印章管理規程等の応用です)を整備し、検証しながら運用していくことは必須です。これは、自社だけでなく相手方にも必要です。

現在、各社のサービスが乱立している状況ですので、現場の担当者が取引の相手方から、様々なサービス提供会社の様々なサービスによる電子契約、電子署名の利用を求められる可能性があります。このような場合にどう対処すればよいかも明確にしておくべきです。自社利用のサービスと相手方利用のサービスのどちらを選ぶべきかという点もルールが必要かもしれません。

また、これらに加えて、契約の締結過程で当事者間でやりとりした電子メールなど、契約書の真正を直接証明するための証拠をどの程度保存しておくかといったこともこの機会に検討すべきと思います。このことの重要性は電子契約だけでなく、書面契約にも当てはまります。

どの範囲で導入していくかについては、零細企業保護、消費者保護、労働者保護、賃借人保護などの観点から書面の作成や交付が必要とされているものは除外せざるを得ませんので、企業間の要式性が求められない契約に限定せざるを得ないのは当然として、例えば、同一企業グループ内を当初の導入範囲としたり、或いは、売買基本契約はまず書面で締結し、個別契約に電子契約、電子署名を導入していくといったところから始めるのは現実的なアプローチと思います。

また、今後電子契約が広がっていくと、書面を使わなくてはいけない場合や電磁的方法に制限がある場合(例えば、下請法3条書面)におけるミスが増えるかもしれません。電子契約の導入にあたっては、こういったことも意識しておくことが重要です。

今後、クラウド型電子契約サービスの利用において本人確認の実務が確立していくなど、ハンコが歩んできた歴史のように、電子契約、電子署名の実務は成熟していくと思いますが、それまでの間は過渡期的な位置づけでの検討や運用が必要です。

*7月17日、9月4日に法務省等が公表したQ&Aについては次ページをご覧ください。