契約書における不可抗力条項

新型コロナウイルス(COVID-19)問題の世界的な拡大に際し、取り上げられることが増えた契約条項に不可抗力条項があります。

地域的に深刻な状況が依然として続いている2011年3月発生の東日本大震災を含めても、従来、不可抗力事象は、その発生確率が極めて低いだけでなく、たとえそれが発生してもその影響範囲は場所的・時間的・社会的にある程度限定されるのが一般的でした。ところが、新型コロナウイルス問題は、近年比較するものがないほど、全地球的・全社会的な規模で発生し、かつ、拡大や収束の予測が極めて困難という特異な事象であったため、様々な契約関係が深刻な影響を受けることとなりました。このことから、従来「単なる一般条項の一つ」程度に見られていた不可抗力条項が注目を集めることとなりました。本日はこの不可抗力条項について検討したいと思います。

不可抗力事象の範囲

そもそも、どのような不可抗力事象がどのような規模や範囲で発生し、それがどのような立場の当事者にどのような影響を与えるかを事前に予測することは不可能です。つまり、不可抗力条項は、その性質上、抽象的かつ一般的な条項として規定せざるを得ません。

不可抗力もしくは不可抗力事象の確立した定義は存在しません。一般的には、外部的な要因により発生した事象で、取引上あるいは社会通念上普通に要求される一切の注意や予防方法を講じても損害を防止できないものといった定義がされますが、具体的にどのような事象が含まれるかは明確ではありません。

このため、不可抗力条項では、地震、津波、暴風雨、洪水、戦争、暴動、内乱、反乱、革命、テロ、大規模火災、ストライキ、ロックアウト、法令の制定・改廃といった具体的事象を幅広く挙げた上で、「その他の当事者の合理的支配を超えた偶発的事象」といった包括的文言が置かれるのが一般的です。

従来、具体的事象として感染症、疫病、伝染病といった事由が挙げられていない契約も多かったため、新型コロナウイルス問題拡大時は、それが不可抗力事象に当たるか否かの議論が多く生じることとなりました。このことから分かるとおり、無用な議論が生じるのを避けるためには、具体的事象を可能な限り網羅的に挙げることが望ましいといえます。

ただし、不可抗力事象を多く並べればよいというものでもありません。時々、不可抗力事象として「原材料の供給停止」といった事由が挙げられていることがあります。上で示したような包括的文言があることで、不可抗力というためには「当事者の合理的支配を超えた偶発的事象であること」が必要という解釈がされ、その結果、原材料調達の困難が相当強いレベルでいえる状況でなければ不可抗力に当たらないと解されるだろうとは思いますが、不可抗力事象として過度に曖昧・広範な事象を挙げることは当事者間に紛議を招いてしまうリスクになります。

不可抗力の契約責任への影響

不可抗力による債務不履行や不法行為について当事者は免責されると一般的には理解されています。ただ、契約の拘束力に対する重大な例外であるため、その適用には注意すべき点が少なくありません。

まず、不可抗力事象への該当性が最初に問題となります。契約で不可抗力に該当する具体的事象が記載されていない場合はもちろん、たとえ具体的事象が記載されている場合であっても、各事象の内容や程度は事案ごとに大きく異なるため、不可抗力事象への該当性は常に議論となりえます。この問題は不可抗力条項の性質上回避することは困難です。

また、不可抗力による契約責任の減免が認められるためには、不可抗力事象の存在だけでなく、当該不可抗力事象によって契約の履行が困難になったという因果関係が必要です。しかし、契約の履行困難が不可抗力事象(例えば、新型コロナウイルスの感染拡大)によるものなのか、それとも債務者が制御しうるその他の事象に起因するものなのかの判断や立証は容易ではありません。新型コロナウイルス問題からも明らかなとおり、特に大規模な事象の下では複合的に様々なことが発生するのが通常だからです。

不可抗力によるとされた場合の効果も明確ではありません。不可抗力による場合は債務不履行の責任を免れると一般的に理解されているものの、どこまでの責任減免が認められるのかは判然としません。つまり、履行期限の延長、遅延による損害賠償の減免、解除権の発生などのいかなる効果が認められるのかは明らかではありません。裁判では、個々の事案の事実関係と信義則に基づいて判断されていると理解されますが、可能な限り契約書で具体的に記述しておくべきです。

金銭債務の特則

民法は、金銭債務の不履行について、債務者は「不可抗力をもって抗弁とすることができない」としています(419条3項)。つまり、金銭債務の債務者は、いかなる抗弁も許されない絶対的責任を負うとされています。

仮に、不可抗力により金銭債務を履行できない場合には不履行の責任を減免すると契約で定めていれば、民法419条3項に対する特約として有効と解されます。しかし、現実の契約でこのような特約が規定されることはほとんどありません。そもそも、前述したとおり、不可抗力を理由とする責任減免が認められるためには、不可抗力事象によって契約を履行できないことの立証が必要です。倒産状態にでもない限り金銭債務は履行が不可能ということはできません。したがって、金銭債務の不履行と不可抗力事象との因果関係を立証することは、物の引渡やサービスの提供などよりも一層困難です。このため、たとえ契約で金銭債務の債務者に不可抗力の抗弁を認める規定を置いたとしても、その実益は殆どなく、そのことが金銭債務に不可抗力による免責を認める契約条項が見られない背景と推測できます。

このように、金銭債務については、不可抗力事象がその履行に何らかの影響を与える場合であっても、債務者は民法419条3項が規定するとおりの絶対的責任を負い、不可抗力の抗弁が認められる余地はほとんどないと考えられます。

不可抗力条項の例

売買契約における不可抗力条項の例を以下に挙げておきます。

    第△条(不可抗力)

  1. 地震、津波、暴風雨、洪水、戦争、暴動、内乱、反乱、革命、テロ、大規模火災、感染症、疫病、伝染病、ストライキ、ロックアウト、法令の制定・改廃、その他の当事者の合理的支配を超えた偶発的事象(以下「不可抗力」という。)による本契約の全部または一部の履行遅滞または履行不能については、売主は責任を負わない。なお、支払債務の遅滞及び不能は不可抗力により免責されない。
  2. 売主は、不可抗力による影響が軽減されるよう合理的なあらゆる努力を尽くさなければならない。
  3. 不可抗力による本契約の全部または一部の履行遅滞または履行不能が90日を超えて継続する場合、各当事者は、相手方に書面で通知することにより本契約を解除することができる。

第1項は、新型コロナウイルス問題のような事象も視野に入れて不可抗力事象を可能な限り網羅的に記載し、かつ、不可抗力事象による売主の履行遅滞または履行不能の責任を免じる条項です。なお書きの「支払債務の遅滞及び不能は免責されない。」は、買主の代金支払義務は減免されないというのが主たる趣旨です。これは、前述したとおり、金銭債務について不可抗力を理由とする責任減免が認められる余地はほとんど無いということを前提にしており、当事者間で無用な紛議が生じるのを避けるための条項です。

第2項は、売主が安易に不可抗力の抗弁を主張することを回避するための条項です。

第3項は、最終的な解決手段として、不可抗力事象が一定期間継続することを条件に当事者に解除権を付与する条項です。コロナ禍のような長期間にわたる事象の場合にはこのよう条項は特に意味を持つかもしれません。ただし、条項案にある「不可抗力による本契約の全部または一部の履行遅滞または履行不能」の判断は容易ではなく、当事者間で議論が生じる可能性も高いです。その意味で、解決の足がかり的な意味合いの条項ともいえます。

不可抗力条項は、その性質上かなり広範な射程の一般条項であるため、単なる協議条項に止めることも少なくありません。しかし、新型コロナウイルス問題の例にあるとおり、本条項が真に問題となる現実の場面では当事者間の契約関係は深刻な状況に置かれています。このため、ニュアンスは様々あるにしても、権利義務をどう処理するかについて何らかの指標となる条項が望ましいと考えられます。上記の条項例はその観点からのものです。参考にしていただければ幸いです。

弁護士 林 康司